日銀が動き出した?
日銀の黒田総裁は11月2日、現在進めている大規模な金融緩和に対し、「柔軟な姿勢も選択肢のひとつ」と衆議院の財務金融委員会で述べました。将来にわたって2%の物価目標を安定的に持続できるめどが立つことを前提とした発言ですが、これまで頑なに「そうした状況にない」と話していた黒田総裁の発言と比較すれば一歩踏み込んだ発言で、市場はこれを受けて一時、円相場147円台まで上昇しました。
しかし同日、米連邦準備理事会(FRB)は、0.75%の金利引き上げを表明、同時に「今後の利上げの上昇幅の縮小も視野」と話してもおり、日本のゼロ金利政策、米国のインフレ抑制を目的とした金利上昇のトレンドが今後変わるかもしれない、そんなことを想像させる1日だったと言えます。
円安を「悪」とする風潮は正しいか
主に日米の金利差を受けて進む円安について、食料や資源を他国に依存する日本は、「輸入コストが上がる」として懸念する声が高まっています。日銀調査によると、6月の輸入物価は前年同月比46%値上がりしており、その4割の要因が円安だとされています。政治家や金融当局も「過度な円安は好ましくない」として市場をけん制、口先だけでなく、10月分の為替介入を約6兆円行うなど具体的な行動も起こしています。
しかし、本当に円安は「悪」なのでしょうか?円安は、外国からの投資を呼び込むチャンスとも言えます。日本生産性本部が経済協力開発機構(OECD)のデータを元にまとめた報告書「労働生産性の国際比較」によると、2020年の日本の1人当たり労働生産性は7万8655ドル。OECD加盟38カ国中28位で、1970年以降で最も低い順位となりました。日本の「稼ぐ力」の低下は顕著な数字となって表れています。
「稼ぐ力」低下の理由はいくつか挙げられますが、大きな理由は人口減少や超高齢社会の進展でしょう。イノベーションが起こりにくく、変化を嫌う「働かないおじさん」が会社の指導的地位にいるのも、ひとつの要因です。こうした時代には、外貨を稼ぐことが経済を強くする近道です。
わかりやすい例が「観光」です。円安になれば、外国からの観光客が増え、宿泊やお土産などの消費額も増えます。コロナ禍において観光産業は大きな打撃を受けており、円安は観光産業にとっては好機です。国内においても「全国旅行支援」でクーポンが配布され、国内の観光需要も勢いが出ているように見えますが、賃金が上がらない日本の現状を見れば、「需要の先食い」とも言えます。
金利を上げればどうなるか
日銀のゼロ金利政策は当初、必然のあるものでした。景気が冷え込み、市場にお金がより出回るようにするため、中小企業の経営を下支えするためのものでもありました。もし金利が上がれば、お金を借りてなんとか経営を維持してきた企業は次々と倒産してしまうかもしれません。またそれ以上に、国債の利払いが増えて財政がもっと窮してしまう。円の信用力が落ちて今よりもっと円安に振れる可能性だってあります。
大切なことは、出口を確かなものにすることでしょう。もし、成長の「出口戦略」の絵を描けないまま世論の圧力に負けて円安や金利のトレンドが大きく変わると、いまよりもっと市場の洗礼を受けることも想定されます。
今や世界経済を席巻する中国。その経済成長の要因を伊藤元重東京大学名誉教授は「輸出主導型」や「外資系企業の力を活用した」ことなどを挙げています。
これは同時に今の日本経済にも当てはまる面もあると思います。日本は我が身の現在地を知り、もう一度謙虚な気持ちに立ち返って、自国の行先と一人一人の役割を見つめなおす時期にきているのかもしれません。